教員紹介

日本・日本語教育コース / 大江 元貴 助教

大江 元貴 助教
日本・日本語教育コース
大江 元貴( Oe, Motoki )

研究領域
現代日本語文法、日中対照研究

【研究の内容】

  現代日本語の文法が専門で、中国語との対照も取り入れながら研究をしています。私の研究の出発点は、日本語と中国語の難易表現を扱った卒業論文です。例えば、<理解するのが難しい>ことを日本語ではある時には「理解しにくい」と言いい、ある時は「理解しづらい」、またある時には「理解しがたい」と言う。<理解するのが容易だ>ということを、中国語では“好理解”と言う時もあれば、“容易理解”と言う時もある。ものごとの難易を表すこのようないくつかの異なった表現は一体どのように使い分けられているのだろうか、というごく素朴な疑問が始まりでした。そこから、可能表現にも目を向けるようになったあたりから問題意識も随分と大きくなり、何かが「しやすい(しにくい)」とか「できる(できない)」ということを人間はどのような心的過程を経て判断しているのか、そういった判断を人間は何パタンくらいに分けて言語化しているのか、可能・難易の判断過程や言語化のパタンは言語によってどの程度異なっていてどの程度共通しているのか、といったことを明らかにしたいと考えるようになりました。これらの問題を日本語と中国語の難易・可能表現に関わる様々な文法現象を手がかりにして研究しています。

 難易・可能表現の研究に加え、最近では間投助詞やとりたて助詞、提題助詞と呼ばれる助詞群によって表明される話し手の評価や発話態度に関心を持って研究をしています。何かが「しやすい」とか「できる」と述べることも対象に対する話し手の評価の表明ですから、私の研究の関心は、言語形式が話し手の評価や発話態度とどのように結びついているのかというところにあるようです。文法研究では、「こういう文は自然だけどこういう文は不自然」という自然さの判断が分析上重要な位置を占めるのですが、評価や発話態度に関わる表現を分析していると、どんな人物が喋っているのか、どんなイントネーションで喋っているのか、といったことが決まらないと文の自然さが判断できないことがしばしばあります。ここに、この種の表現を文法的に研究する難しさと面白さがあります。

 このような言語事実は、「文法」というものをどのように捉えるべきかという問題を私たちに投げかけます。私には、文法は無機質で安定的な規則の集合というよりも、話し手がどのような気持ちで喋っているのか、文章や会話をどのように組み立てようとしているのかといったことで揺れ動く、不安定で人間臭いものに見えます。文法を研究するということは、日々ことばを使って生きる人間のあり様を知ろうとすることなのだと思います。言語のこと、言語行動のこと、そして人間のことについて、学生の皆さんと一緒に考えていければと思っています。